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「繋ぐ、混ざり合う〜裂き織りうちわ〜」投稿こだま

藝大美術館

「繋ぐ、混ざり合う〜裂き織りうちわ〜」のワークショップに参加した方から送られてきた、うちわの写真のデータと、それにまつわるテキストを掲載していきます。

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詰め

タオルと袋を裂いて織りました。袋はコロナ禍がまだ酷くなかった時に母と買い物に出掛けた時のものを使いました。タオルは棚で眠っていたものです。

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波打ち際

白い糸:レジ袋
黒い糸:他の作品で使った布
緑の糸:予備校時代に使ったモチーフ

骨に糸を編み込んだり、「この糸はここまで」と何となくの境界を引いてみること、「レジ袋」というモチーフに、寄せては引いていく波の際が想起されました。

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ぼんぼりうちわ

不要な服が無かったので現役のレース靴下を使用しました。靴下を切り裂く時は、もったいないというか少し悲しい思いがあったのですが、うちわの2、3週目あたりから布が姿を変えていくのに夢中になりました。

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これは、中学の体育祭で着ていた服と、台所の布巾を編み込んだものです。編んでいる途中で柔軟剤のいい匂いがしてきて、洗濯してくれた母のことを思いました。編むという行為と布巾の持つ役割、柔軟剤の香りが共鳴し合い、母というイメージが浮かびました。

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M-16

いまはなくなってしまった、M-16というブランドの服を使って作りました。

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田中商店

ちょうど良い古布がなく、どうしたものかと考えあぐねていると、母がどこからか古ぼけた手拭いを探してきてくれた。聞いたことも行ったことも(おそらく)ないが、田中商店というお店の物のようだ。裂いてみると、ぶわっと勢いよく埃やら繊維やらが宙を舞った。まるで玉手箱の如く、止まった時が解き放たれるようだった。ほつれが酷くて、裂けば裂くほど糸くずがでてきてしまうし、編んでもすぐにちぎれてしまった。悪戦苦闘しながらもなんとか完成させることができ、改めて模様を遠くから見ると海原に見えた。旅を、彷彿とさせられた。

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止まない

止まない雨が続く中、手に取った布は沈んだ気持ちを象徴するあおいろだった。

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忘れられていたものたち

このうちわで使ったのは、小中学校の家庭科で使った小物作りのセットの中で使われなかったり切り残されたフェルトを使いました。実家にいたときに大掃除で出てきたもので使われてから5、6年忘れられていましたが、全然使える状態だと思ってゴミ箱から取り出して持っていました。今回のこの展示で多くの人にみてもらうことができると思いこの素材を使いました。

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思入れのない新品のもので、だれかと繋がることができるのか?

引っ越したてで、いらない布なんて何一つなかった。しかし、このうちわを作らなければならなかった。うちわを買いに行き、使う予定だった新品の布巾を裂くしかなかった。思い出がない新品のうちわと布を使って、うちわを作り、このプロジェクトのテーマである「だれかと繋がる」ということをする。そんなことできるのか?と思った。それを考えるのが非常に面白かった。淡々とした無感情の部分と、切なさ、そして興味が入り混じったうちわになった。そのうちわで風を仰いだ時の、なんとも言えない生温さが印象的だった。

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生まれ変わる

コロナウイルスが流行しはじめた頃、手作りでマスクを作るために使った衣類の余り布でつくりました。
ピンク色のTシャツを2着使いました。すきな色なのに着るとなんだか似合わないような気がして、いつしか着なくなりました。コロナのおかげで、というのは不謹慎かもしれませんが着なかったものが新しくマスクになり、作品になり、個人的には良かったなという気持ちです。

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